生きてるだけでありがたみ

推しくんがずっと好きな仕事をしていられますように

物語が終わっても、彼らの人生は続いていく

火花観てきました。

 

 

東京公演自分的初日どこで行こうかな〜って迷ってたらトークショーのお知らせがあって。まあ無銭だからどうせすぐ埋まるんでしょ〜って思ってスルーしてたんですけど、予約開始日の開始時間過ぎに目が覚めて、なんとなく様子を見に行ったらまだあったのでポチッて寝たという夢を見ました。

昼に起きたら予約確定メールが来てた私「なにこれ…」

 

教訓:寝ぼけているオタクはやばい

 

まあ取ってしまったものは仕方ないので(?)即職場に休み打診して、同日のソワレのチケット取って急遽弾丸で行ってきましたよ!という。

 

トークショーはとても楽しかったです!あれを無料とか太っ腹だな。別にチケ追加特典があったわけでも、チケ持ちしか応募できないとかでもないんですよ…(よしもとの抽選は当日のチケット持ってる人優先だったけど)

興味深い話をたくさん聞けたし、推しくんがとっても楽しそうで、現場で可愛がってもらってるんだな〜ってのが伝わってきてホッとしました。自業自得とは言えスケジュールもかなりタイトで、下っ端なのにあんまり稽古出られなかったのとか精神的にきつかっただろうし。

稽古参加までに完全にセリフ叩き込んで最初の立ち稽古でいきなり台本持たずにやったとか、そういう実力で捩伏せる方向性は相変わらずらしいしかっこいいなって思う。まあ本当はそんな必要ないスケジュール組んで欲しいけどな…

 

 

ええと、舞台の感想についてですがわりとガチで辛辣なことを言ってるので、批判的な意見は見たくないって人とかあの舞台が手放しに最高だった!と思う人は読まないが吉です。読んで文句言っても受け付けませんからね。

あとネタバレに配慮してないのでこれから観るって人も気をつけて。

 

とりあえずのっけから悪口みたいな感想を書いてしまうので、その前に個人的に一番最高だった部分を言っておきますね。

 

全人類あほんだらの漫才を観てくれ

 

まじで最高オブ最高なんですよあほんだらの漫才…。石田さんはもちろんだけど、雄也さんの才能がすごい。完全に芸人さんだもん。M1狙える。

私はあほんだらの漫才と推しくんの顔と演技を観る為に8000円払ったと思ったら後悔は全くないです。円盤出なさそうだけど、もし出るのであればあほんだらの漫才全公演分収録して欲しい、それなら躊躇なく諭吉を差し出す。

 

と、一番好きだったところを褒めたとこで感想を綴ります。

念のため繰り返しますが、個人の感想です。

個人の感想です!!

 

 

 

■脚本がやばい(注:悪口です)

はい。…………負の意味で。

いやあ、脚演がテレビプロデューサー、あらすじのヤバさ、脚演Pの初日前に公開された公式サイト声明が全くの意味不明、挙句苦手な演出家(人間性もだけどギャグセンスが無理)が関わってる…のコンボだったのであんまり期待してなかったんですけどね。それにしても虚無の極み。

特に開始後しばらくの主演と原作者の茶番、大袈裟でなくチベットスナギツネみたいな顔になった。推しが出てる舞台じゃなかったらあそこで席立ってたかもしれん。言っておきますがお二人が悪いわけではないんですよ。まあ原作者さんは大根だけどそれが味になっててコンセプトとしては面白かったと思うし、そもそもそこは予想出来てたことだから。主演女優さんも綺麗なのになかなかに自分を捨ててて最高だった。でも、そもそも捨てさせる意味あったか…?っていう…根本的になんか…

なにがアレって脚本、ウワアこれ面白いと思って書いてるんだろうな〜っていうのがビシビシ伝わってくる。書いてる人間が「面白いでしょwww」って思ってるのが伝わっちゃう時点で笑いとしてダメじゃん…?テレビのバラエティならそれで通じるんかも知れんけど、生のお芝居ではダメでしょ。

マジで推しが出てくるまでの数分間はチケット増やしたのをわりと本気で後悔したし、私これあと数公演耐えられるのかな…って不安になりました。

 

でもまあ話が進んだら(主に劇中劇に入ったら)面白くなっていったので、トータル及第点です。

ただその加点部分が、私的には多分に「推しの演技とビジュアルが最高」っていうのが含まれるので、あの中に推し俳優や推し芸人がいない人は果たして面白いのかどうか、手放しでおすすめは出来ないですね…まだまだチケットあるので興味がある人には行って欲しいんですけど…うん…。

推しに空席を見せたくない気持ちはやまやまだけど、自分自身が絶賛出来ない舞台を人様におすすめ出来るほどわたしは…厚顔ではない…。

いやでも、脚本がつまんないだけなので!(致命傷では)

 

ただ、劇中劇のメインの四人がみんな上手いし面白いので、かなり演者のスキルに助けられてる舞台だなとは思います。台本どおりのギャグシーンまじでつまんないんですけど、それを役者の演技力でかろうじて雰囲気で笑える程度には持っていってる。あと随所に挟まれるアドリブと思われるやりとりは最高に面白い!(ので完全に台本と思われるギャグ部分との差が歴然としていて益々やばい)

メインの神谷徳永はもちろんとして、それぞれの相方もすごく良かった。いやほんと、奇をてらわずに普通にこの四人で原作通り舞台化出来なかったの?という気持ち…。いやまあ大人の事情とかあるんでしょうけどな。

 

■徳永の激情

とにかく徳永くんキレすぎやな…と思って観ていました。

演技がキレッキレとかいう意味ではなく。いや推しくんなのでもちろんそれもありますけど、言葉通りの。

 

推しの激情系演技は好きなんで、そういう意味ではおいしかったんだけど、完全に物語のキャラクターとして見た場合にひたすら「こいつキレすぎやな!?」って思ったし、ネタ合わせのシーンのキレ方はわりと素で引いたし、急にでかい声出してキレる関西人が苦手な人(フォロワーさんに何人かそういう人がいたので…w)には徳永くんちょっと怖いかもしれない。笑

 

神谷と徳永の関係って、先輩後輩というよりは推しと厄介オタクに近い気がした。

初めて会った時に雷に打たれたように惹かれた神谷に対して「理想の神谷像」を押し付けて、そこからズレるとキレる。ファンサ(笑い)もらえなかったからキレる。公式解釈違いにキレる。挙句の果てに泣きわめく。徳永くんは完全に神谷の厄介オタクだったよね……。余談だけど神谷が銀髪にしたあとテレビを見て泣きながらキレるところ、5列目から肉眼で見えるほど鼻水がすごかった。

 

共依存の物語

徳永が尊敬し愛した神谷は、結局最後まで初めて会った熱海の夜に見た「彼のイメージの神谷」だったんだなあ、と思う。徳永がずっと側で見て大切にしていた神谷は、神谷が常に「徳永に見せようとしていた神谷」でしかなかった。そういうところ、本当に推しとおたくの関係ですよね。

でもそんな現実と剥離した「理想の神谷」を支えとして、彼は『芸人』足り得た。

一方で神谷も、自分を全肯定してくれる徳永の存在が気持ちよくて、それに依存していた。

火花が二人の芸人の異常なまでの共依存の物語であることを、原作や他媒体ではゆるやかにしか感じられなかったけれど、舞台の二人は苛烈に演じた。一応全部見ている人間としての個人の感想だけど、原作を含めたあらゆる媒体の火花の中で、もっとも「共依存」が浮き彫りになったのが舞台版だと思う。

 

■売れる芸人とは

私はかつて芸人のおたくだった時期があって、劇場通いなんかもしていました。平凡である自分自身を嫌悪しながらも売れる為に平凡の枠を出ることを選べなかった徳永。ひたすら面白いという理由で自分を貫き通し、結果売れることのなかった神谷。どちらに似たタイプの芸人も、そしてそういう人たちが消えていくのもたくさん見てきました。

多分本当に「売れる」芸人って、神谷にも徳永にもどっちにも振っていない、しかもそれが自然に出来るタイプなんだろうなと思う。

 

神谷の、漫才は一人ではできない(相方が必要という意味ではなく)のくだりはお笑い好きとしても身につまされたなあ。

きっと世の中無駄なものなんてないんだ。

 

■漫才シーン

スパークスの漫才シーンが!!ない!!!wwwww

 

いや、平日客寄せとは言え別立て漫才ライブやる時点でお察しではあったけど、それにしても推しの漫才シーンを一番の期待どころだと思っていた私の気持ちよ。まあ大阪公演は押さえてるのでその時を楽しみにしておきます…。

厳密には全くないわけではなく漫才してるはずのシーンは何度も出てくるけど、略されたりオチのみだったりなぜかパントマイム(???)だったり、唯一ちゃんとネタしてるシーンはテレビの映像設定で途中で本人に切られるし。

ラスト漫才はあれは実質漫才ではないしねえ。あれはあれで素晴らしかったけど。現実に推しコンビにあんなラストライブやられたら、絶対息出来ないくらい引くほど泣くと思う…。もちろん舞台でも泣いたけど、お話だと思って見てるからまだマシな泣き方だったというか。現実で私がスパークスのおたくだったら、本当にあのライブ良い意味でも悪い意味でも無理すぎるし絶対一生引きずる。

 

一方あほんだらはまるまる一本ガチ漫才があるんですけど、これがもう普通に元芸人オタクのお笑い好き関西人の目から見てもめちゃめちゃ面白い。大袈裟でなくM1優勝狙えるハイレベルの漫才なんですよ。まあ片方はガチのM1王者だけどもw

しかも、テレビでもトークショーでも言ってたけどその漫才シーンほぼネタ合わせなしのぶっつけらしくて、石田さんがオチだけ「こう言うて」って雄也さんに伝えて、どんどん勝手にボケていくのに雄也さんが食らいついていくっていう。いやほんとやばかった、まさかこんな舞台(言い方)でこんなにも良質の漫才を見せて貰えるとは。

正直言って作中一番大笑いしたし、ほとんどの客がそうだったと思う。お話だからしょうがないとは言え、これがおもんないと評される世界観歪みすぎでしょって思ってしまうのであんまり面白すぎてもダメな気はしますけどw

マジであほんだらの漫才全収録した円盤出してくれ〜〜

 

■物語が終わっても、彼らの人生は続いていく

エントリのタイトルにもしているように、今回の舞台のオリジナル脚本部分で唯一共感というか感銘を受けたテーマはここです。そもそも火花の原作自体、最終的なテーマが「生きている限りバッドエンドはない」なんだけど、劇中劇という形でそれを掘り下げたことで唯一良かったと私が思ったのはそこがより強く深く印象づいたことかなあと。

 

私はいわゆる二次創作系オタクなので、小説であれ漫画であれ映画であれ舞台であれ思い入れたキャラクターが死んだりしない限りはどうしても「物語が終わったその先」を考えてしまってしんどくなりがち、という話を以前同類の友人と熱く語り合ったことがあります。

これ、おたくの間ではわりと多いと思うんですけど、一般人ってそうでもないんですよね。お話はお話で、完結したらそのキャラクターの話はそこまで、と無意識に割り切ってる人って意外と多くて、こういうしんどさって同じ二次創作系おたく(必ずしも作家サイドというわけではなく、読み専や妄想だけする人も含めた広義の二次創作)にしか理解されないんですけど。

例えばバンビショーの沢登くんのことも私は未だに引きずっているし、彼は死んでしまったけど「死んだあとの人生」の方が長いので、物語の先の彼のことを未だにふと考えてしんどくなってしまう。

火花の神谷と徳永もそれと同じで、火花(原作)の物語は一冊きりで終わりだけれど、でも彼らの人生はその先も続いていく。もちろん彼ら以外のキャラクターたちも、それぞれの人生が続いている。

 

そのことを、台本とはいえ又吉さん自身の口から語られたのは、この作品をこういう形にした意義があったなあと思います。(火花を私に下さいのくだりは必要だったのか…?とかはさておき)

芸人でなくなってしまった徳永くんも、とりかえしのつかないヤラカシをしてしまった神谷さんも、物語は終わっても描かれていないその先の人生がある。

「生きている限りバッドエンドはない」という、徳永くんのおそらく初めての明確に前向きなこたえ。推しの姿を通して語られるそれは、私にとってより説得力を増していました。

 

あんなになった神谷と二人きりで、露天付き個室取ってまで熱海旅行に誘ったもう芸人ではない徳川くんには原作からしてビックリしたけど、舞台版を見て腑に落ちた感じはありました。

熱海は「師匠と弟子」としての二人の始まりの地だった。それは最終的に、お互いの過剰な依存を経ていびつな形で終わってしまったけど。

きっとまた二人は「始まる」んだなあって。人と人として、熱海の花火の下で二人は初めて向き合うんだなあって思ったのです。

 

■おまけ(神谷の対徳永アドリブ)

神谷が前から歩いてきた徳永に「○○かと思ったら徳永か」って声かけるシーンがあるんですが、ここがアドリブらしくて毎回変わります。

私が見た回は「安いモンブラン」だった。120円らしい。かわいい。

その他「マカロンの妖怪」「ブナシメジの妖精」「おいしそうなピノ」「小さい藁葺き屋根」など、なんかこう、まるっとしたシルエットの印象なんだなっていうのはすごいよく伝わってくる。あとだいたいスウィーツかキノコって感じ。

 

■とりあえず推しは最高だった

最高だった。

 

 

 

 

そんなわけで初見のざっくり感想でした。

 

もう何公演か見たらもうちょっと突っ込んで考察したいような、もうあとはひたすらあほんだらの漫才と徳永くんのかわいさだけを堪能し続けたいような…

あっスパークスの漫才回も大阪は両方取ったのでそれの感想は書きたい!