生きてるだけでありがたみ

推しくんがずっと好きな仕事をしていられますように

地上波に降臨した推しと色々

こんにちは、私です。

どうでもいい話なんですが、ブログのアイコンと個人のアイコンを変更してみました。なので私のブログが嫌いでアイコンで避けてた方はすみません!ここでバックしてください。

ちなみにブログのアイコンは推しくんの苦手なサザエのつぼ焼きです。サザエ大好き。

 

 

推し、地上波に降臨する

地上波に降臨した若手俳優というと、最近ではやはり、あらしのアレに出た推しくんも大好きなあの方が思い浮かびますね。

一方の推しくんはテレ東の素人参加番組のいるだけゲストという格の違いを感じましたが、地上波で見る推しくんめっちゃ新鮮ですごい沸きました。いや単純に地上波の番組というくくりで言うなら他にも出てるんですけども、アニメの番宣とかはなんかちょっと地上波に出演した!ってのとは違う感じがするので。地上波だけどweb番組に近い感覚というか。本人もあんまアウェー感なかったですしね。

しかし名前のテロップ出た時の肩書きが「舞台俳優」なのちょっと草だった。舞台俳優、っていうカテゴリなんだ……まあほぼほぼ舞台がメインだし、本人も舞台俳優のつもりでいるからわかるんだけど!俳優でよくない!?わざわざ舞台って付けられるあたり、テレビしか見ない人には全く知名度ない感がビシビシ伝わってきた。その通りだけど……!

左右の女子より小さいし、推しくんが一番可愛いと思うのは私の贔屓目かな…と思ってたら複数の人から「家族が見てて女だと思い込んでた」って証言を得て笑った。あの顔面の上にチラチラとしか映らないから女だと思って見てた人普通に結構いそうだよな…。

ワイプに抜かれる推しくんがパッと見ガチで女子にしか見えなかったことと推しくんのコメントがあまりにも流れないので、もしかしてこの手のバラエティにありがちな「画面賑やかしに配置されるあんまり売れてないけど顔面だけは可愛いグラドル」の枠かなんかが空いて何かの間違いで代わりに推しくんが呼ばれたのではないかと途中からマジで疑った。そんなわけあるか。

後半二度喋って安心したけど、コメントもしてないわけではなく結構喋ったのにカットされたようで。本人はバラエティの洗礼って言ってたけどいっぱしの芸人みたいなコメントはやめてください。バラエティの洗礼ってそんなもんじゃねえぞ!いつかさんま御殿あたりに呼ばれて弄られて欲しい。

しかしコメントはカットされまくってたわりに、チマチマ編集してたらワイプには思った以上に長時間抜かれてたのでやっぱり「かわいい担当」で呼ばれたのかもしれないと思った。

 

 

推し以外のイベントに行く話

決してみんながそうすべきと思うわけではなく私は私がそうしたいからそうしている、という前提の話なんですけど、私は最推し以外のイベントに関しては、たとえ生放送などのコンテンツ目当てでFCに入ってる人であってもFC最速枠では基本的に応募しません。例外として推しが最初からゲスト確定しているとかだったら別ですが(シクレでなく事前発表するってことはその人を対象とした集客を見込んでいるということだと思うので、そういう場合は遠慮しない)。

これを言うと優しいとか聖人か?って言う人いるんだけど、むしろ逆ですよ。私はドチャクソ性格がわるいので、はっきり言って自分が落選したイベントにクソDDや茶の間が当選してはしゃいでたら普通にムカつきます。えっみんなムカつかないの?運だって割り切れるの?むしろそっちのが聖人では…? 

だからせめて自分は同じことはしないというDDなりの矜持です。あくまで「私は」ですよ。

と言ってもさすがに一推しといえど私より必死さが足りない様な人に遠慮することはないと思ってるので、FC枠で埋まらなくて一般があれば遠慮なく参戦するし、最速が先着の場合は始まって1〜2時間は様子見て完売してなければ普通に取りに行きます。この辺完全な自分ルールなので、ほんと別に人がそうすべきと思うわけでは全くないです。

 

行った場合の感想ですが、その人がある程度好きなら普通に楽しいんじゃないですかね?私はすごく面白かったです。これは企画内容とかトークの上手い下手もあるかもだけど、好意的な興味を持っている人のイベントならだいたい楽しめないことはないと思います。俳優側だって個人イベントといえど客を入れて興行としてやる以上はそこまで閉鎖的にはしないだろうし。

ただバスツアーとかリクリエーション的なファン同士を交流させる系のイベント、あれに付き添い以外の理由で推しでもないのに参加する人は、ダメとかではなく果たして本当に楽しいのかマジで疑問すぎるんですけど、私がコミュ障だからだろうか。だってあまりにもアウェーじゃないですか…。

 

まあ細かいことはさておき、結局自分がどれだけ行きたいかじゃないですかね。

推しでなくても、最推しの人と同じくらい私は行きたいんだ!って思うなら遠慮する必要は全くないと個人的には思います。私はDDだけど推し偏愛型DDなので、推し以外の好きな人に対してはそこまで必死ではないってのもあって、初動はファンの人に遠慮してるだけの話です。

 

 

■会いに行ける推しくん月間

イベントといえば、今月は接触があるのでした。

「会いに行ける推しくん」は、推しくんが自分で言ってました。アイドル気取りか?まあアイドルよりかわいいですけど。

今月はたくさん会えますね、って言われても抽選のものにはだいたい落ちてるからね!あ、カウントダウンは行きます。

 

接触オンリーのものはそのためだけ上京するのフィジカルもメンタルもキッツいんで、もう東京のみなら基本的にはなかった事にするんですけど、リリイベで上京する前日とか言われるとさ…行かない選択肢がないじゃん…。

完全に接触のみのイベント参加するの初めてだな。トークショー目当てで行くと接触がついてくるみたいなのしか参加したことないので…。しかもループも初めて。いやループしたかったわけではなく、なんか当たり前に「1会計5枚まで」とか書かれてたから何そのループ上等の仕様…こういうのって1回こっきりで去ったら失礼なものなのかな…とか思ってしまって。中途半端に3回分買ったら、友達にじゃあ5回買えよwwwって言われた。そ、そうね…。

ところで、認知求めてないっていうと認知イヤならなんで接触行くのって言う人が必ずいるけど、なんで接触に行くかって、推しの顔を間近で見たいから&推しのファンサを直接貰いたいからに決まってるじゃないですか。ファンサは欲しいよそりゃ、ファンだもの。そして接触は例え一瞬だろうと、勘違いでも偶然でも運でもなく「私のことを全く覚えてなくても確実に私個人に対してファンサをくれるイベント」なんだから、ファンがそれに参加したいと思う事に何の不思議もないと思うんだ。そこに「推しに覚えられたい」というオプションを付けるのが当たり前だと思われる事が納得いかない。そもそもそんなに内容のある会話も出来ないし。

まあ認知は求めてないけど、覚えられてしまったらそれはそれで仕方ないとは思ってます。ていうか、前も書いたけど接触行きたがる以上「絶対認知されたくない!」っていうのもさすがに無理だろうとはわかってるので。どっちかというと私がどうなりたいかではなく、推しくんの記憶領域の一部をこんなおばさんで埋めたくないだけなんだよな…。だからうっかりババアのこと覚えちゃっても、なるべく早く忘れてくれればそれでいいです。

まあループ上等でも3回しかループ出来ない(金銭的にではなく精神的に…)弱いおたくなので、その時一時的に覚えられても一瞬で忘れるとは思うけどね。

 

 

2017年下半期まとめ

仕事の都合により私の文ステは来年からということで、年内の現場はあとはリリイベとゲストのるひまだけとなりました。(予定)あと大晦日ね。

 

そんなわけで2017年下半期の観劇+αまとめ。

 

 

 

■6、7月 劇団シャイニング「天下無敵の忍び道」

青天の霹靂だった劇団シャイニング。案の定一部のアイタタ原作オタクにキャストがはちゃめちゃにブッ叩かれましたけど、他の俳優が自分の言葉でまずツイートしてしまい凸リプを貰いまくっている中、我らが推しくんはマネさん管理の情報アカでのみ告知ツイート。騒ぎが落ち着いた頃にシレッと自分のツイッターで呟いたのには、ちょっと戦慄しました。そういうとこ好きだよ…。

冒頭マッピングでこれまでのあらすじ的な内容が「文字で」映写される演出には悪い意味で度肝を抜かれましたけど、物語はすごく良かった。個人的には主人公達よりも羅刹流にめちゃくちゃ感情移入してしまってすごい辛かった…。ああいう時代背景だから勧善懲悪というわけでもなく、それぞれがそれぞれの正義に基づいて生きているわけじゃないですか。そこで羅刹流は淘汰されてしまっただけなんだよね。あと、あの一方通行の愛がねえ、しんどい……。新羅がほんの少しでも大羅の気持ちに向き合っていれば、また違ったのではないかって思う。いや、ストーリー的には違ったらアカンのですけども。

うたプ……がベースなので楽しい舞台かと思いきや、人はゴンゴン死ぬし、早乙女流&謝意忍具流(ドシリアスな話なのでこの流派だけあまりに名前がギャグなのが気になりすぎて仕方なかったけどまあ原作がそうだから仕方ない)的には一応のハッピーエンドではあるものの、設定的な事を考えたらこの先もハッピーってわけにも行かないだろうし、とても重い話だった。

ビショビショに泣いてまだ本編を引きずりまくってるところに、間髪入れずに「行くぜ!!SHI・NO・BI!!SHI・NO・BI!!」って強制的に更生させられる演出はさすがに笑う。力技すぎる。刀ミュですら休憩挟むのに!

推しくん的には私の好きなリーチの短い殺陣がたくさん見れたのは良かったです。あとメイン4人の中でダントツに攻撃を受けるシーンが多いので、こう、性壁が擽られましたね…。でも途中わりとマジで死ぬんじゃないかとドキドキしたので死ななくて良かった。

今月末には円盤が手に入るのでめっちゃ楽しみです!リリイベは落選しました!!まあ私抽選のために積むのは嫌いなので、1本買って落選なら別に結構。縁がなかったということです。

 

■7月 舞台「黒子のバスケ」OVER-DRIVE

いつか二次元嫁を2.5次元通して語るシリーズ(いつシリーズ化したんだろう)で書こうと思ってるのだけど、私の中で二次元ジャンルとしては間違いなく一番大きな存在で、一番大切な作品。

なので、この舞台だけは俳優目当てとかはなく純粋に「大好きな原作の舞台化作品」として普通に楽しみ、第二弾決定も歓喜して続報心待ちにしていたんですが、まあ、まさかの若手俳優の初代推しが参戦する事になって、情緒がめちゃくちゃにされてしまった。

推し①との再会の話 - 生きてるだけでありがたみ

上記のエントリではズバリ作品名は出してないんですけど最近開き直ってるからいいかなって。まあつまりそういうことです。第三弾にも出演が決まって嬉しい限り!

むっくん役も決まって、来月のキャスト発表楽しみです。もう私の情緒をかき乱すようなキャスティングはない…はず…。

 

■7、8月 ミュージカル「ヘタリア

この作品に関してはクソめんどくさい二次元おたくキャラ厨の私の拗らせがものすごい勢いで発動してたんですが、その辺の顛末は以下。

キャラ厨と次元の挾間 - 生きてるだけでありがたみ

ただでさえクソ忙しい時期だった上に先述の黒ステと時期が被っていたため、本当に私の情緒は完全に死んだ。捨てた黒ステの良席はなんと前楽(楽日マチネ)でした。猛暑の中、初ヘタミュと黒ステの大千秋楽を1日ではしごするという地獄のスケジュールだったけど、行って良かったと心から思う。

推しくんの日本さんが好きというよりも、推しくんが、そして日本さんが好きだなあ、と改めて思った。

なんだかんだで、推しくんにはいろんなものと和解させてもらっているなあ。

 

■8月 月刊シリーズリリイベ

もうめっちゃくちゃ楽しみにしてた写真集だったのでトークショー見たさに買ってしまったのだけど、初めてのそこそこ時間のある接触だったので何がなんだかわからなかった。この世の生物と思えないほどお顔が可愛いかった。

チェキ撮影時にバミ貼ってるところに立って待っててくださいって言われてたので、きちんとバミにつま先合わせて立ったら係のお姉さんに「Σめっちゃきちんとしてますね!」って驚かれて、推しくんに笑われて死にたくなった。言われた通りにしただけなのに!?お前らが!ここに立てって言ったんじゃん!!;;

推しくんの手は、写真で見る印象よりも小さくて柔らかくて女の子みたいだった。

 

■9月 今月のみやしたゆうや 10時間のお誕生日会

急に決まったゲストだったけど、実は前月の回で名前が出されていたので今月の〜に毎月参戦している友人がチケットを確保していてくれたという。なのでかなり前の方で見られた。このくらいの時期が推しくんがピークに痩せていた時期なのではないかと思う。今だから笑い話にできるけど、正直どっか悪いんかと思ってギョッとした。

ホラーが死ぬほど苦手な推しくんがあまりに可愛すぎて沸いた。「ぼくゆうやさんのこと大好きですけど、ぼくにホラー見せようとするゆうやさんはきらい;;」可愛すぎませんか。幼児か。

ちなみにこれが私の、27歳最後の推しくんだった。

 

■9月 ミュージカルしゃばけ 弐

■9月 舞台「四月は君の嘘

他の舞台を見ている間に推しの新仕事が決まっている世界 - 生きてるだけでありがたみ

こちらに二本まとめて感想書いてます。

しゃばけ2の推しくんの使われ方は今でもモヤモヤするけど、まあ時期的に無理だったし、でもキャス変しちゃったら呼び戻すのには色々あるだろうし仕方ないんだとは思うんですけども。でももう少し演出うまくやってほしかったなあ。そこ以外はすごく良い舞台だったので。屏風のぞき可愛いんだよ〜〜〜〜

君嘘は2.5だけどストプレっぽい感じの作品でした。生演奏がウリなのにアイアでやるということに衝撃を受けたし、しかもよさこいが日程に入ってる事にさらに戦慄したけど、まあ私が行ったのは大阪なので関係ないです。あんざいくんという俳優はすごいなと思った。

 

■9月 ミュージカル「王室教師ハイネ

おめでとうとおつかれさま - 生きてるだけでありがたみ

こちらでは内容にはあまり触れてないので少し感想。ヘタミュ以上にがっつりミュージカルだったのはびっくりした。

第一声が王様のセリフで始まるハイネミュ。アニメのハイネは「ハイネと四王子の物語」だったけれど、ミュージカルは「ハイネとヴィクトールの物語」だった。

アニメでは四王子とハイネの心の交流が主軸で、それに裏で絡む父そしてハイネの親友としてのヴィクトールという感じだったけれど、ミュはハイネとヴィクトールの少年期からの友情を主軸として、それに息子たちとの関係性だったり伯爵だったりが絡む感じというか。なんとなく王室教師というより「新しいお母さん」を迎える話みたいだったなと思う。ハイネ先生ってちょっとお母さんぽいよね。それがミュではより強く感じられた。

アニメのハイネは多少感情的になることはあっても、良くも悪くも基本淡々と何事も受け止める人、という印象だったので、ミュのラストの慟哭は初見ではビックリしてしまった。でも、大楽で改めてあれは「ミュのハイネ」としてのまた新たな解釈なんだろうな、と思ってそんなようなことを手紙に書いたら、のちの生放送でアンサーっぽいコメントしてくれたのびっくりした。私信とかじゃなくて同じようなこと書いた人他にもいたんだとは思うけども、推しくん本人の考えとしてちゃんと私の解釈が正しかったってことを話してもらえたことが嬉しかったなあ。

 

■9月 推しくんフェスイントーキョー

推しが楽しいのが一番楽しい - 生きてるだけでありがたみ

だいたい上記に書いてる。本当に楽しいイベントだった…。推しくんのことがますます大好きになった。

推しくんの本を宣伝する記事までは推しの名前完全に伏せてた私ですが、特に名前以外フェイクとかもかけてなかったのでバレバレかと思いきやこの記事で確定したって人がわりと多かったらしい。

 

■10月 高崎大先生バーイベ

アイマスクがやばすぎて買ってしまった。夜行バスの移動の時に使おうかと思ってるけどまだ開封してない。隣の席の人をショック死させたら悪いなと思って…。

高崎大先生の人格のアレさを目の当たりにしたイベントでした。でも、根は真面目だし頭良いし、本当はめちゃくちゃいい人なんだよな。ただ口を開くと基本いい加減なことしか言わないし、そのくせ他人に対してはたまにズバッと真理を突いてくるから面白い。そういうとこを存分に発揮されてるのが×推しくんの対談だと思います。よろしくね。

いきなりアイアとブルシアをdisったのがめちゃくちゃ面白かった。あと樋口叔父が意味わかんなすぎてやばかった、大先生のバーイベなのに司会の叔父さん(素人)が全部持ってくの無理過ぎるwww

帰り際に手渡しでいただいたお手紙はちょっと泣いてしまったけど、字はハチャメチャに汚かったし、友達に「大先生の手紙めっちゃいいから見て……;;」ってラインで画像送ったら全員が全員「まず字が汚くてビックリした」って言ってきたの笑った。

チェキは私は買わなかったんだけど、撮ってる所チラッと見てたら接触度がものすごくて心底買わなくて良かったって思った…あれはトキエンタの方針かなんかなのか!?

 

■10月 推しくんフェスインオーサカ

■10月 劇団シャイニング「マスカレイド・ミラージュ」

■10月 映画「ポケットの中のビスケット」完成披露イベント

連休の推しくんとわたし - 生きてるだけでありがたみ

まとめて上記に。

マスミラはライビュで見た。お話的には忍びより好みだった。ほさかさんの脚本が好みなのかな。実は一次先行で本会場ブチ当ててたんだけど、本命がいる友人に譲ったら、まさかの最前を引き当てて友人を殺した思い出。

ポケビは身内に布教したいのではよ本編公開してくれ〜〜。メイキングだけ手元にあっても困るんだけど!

 

■10月 舞台「オーファンズ」

トリートの幼さがひたすらに切なかった。最後に死んじまったからまあいいか、ってハロルドの手を取る時、自分の肩に回すのかなって思ったら、ハロルドが死んでしまってもなおそれは出来なかったトリートが悲しくてめちゃくちゃ泣いた。兄弟、幸せになってほしい…。でもきっと、一度はトリートを捨てようとしたけど、自我に目覚めた利発なフィリップがこれからはトリートを助けて行くんだろうな。

ずっと同じ部屋の中で3人だけで繰り広げられる会話劇。ああいうの初めて観たけど大変面白かったので、もっと観てみたい。

元推し②の舞台に行った話 - 生きてるだけでありがたみ

推しくんは元気そうで何より。相変わらずの雨男は、オーファンズ公演中もほぼ雨に降られていて笑った。彼の個人イベで傘を持参しなかった記憶が私にはない。

なんだかんだで来月バーイベ行くことにしたよ。傘いるかな…。

 

■10月 舞台「K-Missing Kings」

初日を見届けたおたく - 生きてるだけでありがたみ

最後まで怪我なく全員で、という言葉。 - 生きてるだけでありがたみ

これは、絆の物語。 『K-MISSING KINGS-』 - 生きてるだけでありがたみ

チケットがもぎられ尽くした日 舞台「K -MISSING KINGS-」 - 生きてるだけでありがたみ

初日のテンションが今読むと物哀しすぎてやばい。他人事のように、「お前、このテンションが次の日には……」という気持ちになってしまいます。

色々あったKでしたが、まあ良くも悪くも思い出深い作品にはなりましたね…。

マチソワ間の寝汚さには定評のある推しくん、赤が揃った写真で何故か切込隊長がいない…って言われててその辺で寝てるんだろうな〜って思ってたら顔面に怪我して縫いに行ってたとあとで知ってひっくり返るかと思った。

顔は!大事にして!!マジで!!!!!!!

 

■10月 舞台「弱虫ペダル」新インターハイ篇~ヒートアップ~ 

真波山岳くんがとても可愛かったです。(小並感)

円盤見てた時から思ってたんですが、ペダステのギャグパートがどうも苦手なんですよね。その他は好きなんだけど。あれ好きな人いたら申し訳ないけど、そもそも過剰なメタネタを本編に入れ込んでくるのがあまり好きじゃなくて。松ステとかみたいな作品ならともかく、ペダルだし、本筋はアツいスポーツものじゃないですか…。なんか気が散ってしまって入り込めない。せめてもうちょっとあの演出減らしてくれないだろうか。それともあれがウケてるのかなあ。

推しと仲良しの某俳優くんが出てるのと、ドラペダでちょっとペダル再燃したので深く考えず気まぐれにチケットを取ったら、まさかのトラウマと向き合う事になった舞台。

詳細は以下の記事にありますけどクッソ長いし特に面白くもないので読まなくていいです。

いろは坂の地縛霊が真波山岳を語る(長い) - 生きてるだけでありがたみ

 

■11月 舞台「THE BAMBI SHOW 2ND STAGE」

 コントの皮を被った救いのない悲劇 〜THE BAMBI SHOW 2nd STAGE - 生きてるだけでありがたみ

空は今日も青かった〜バンビショー大千穐楽とガチ恋アンサー - 生きてるだけでありがたみ

 今年一番楽しみにしていた舞台。ただ、その「楽しみ」とは確実に全く違うものを見せられた。それは決して悪い意味ではないけど。

「大人たちが真剣にふざける」ってテーマで、あのメンバーで、直前稽古場生放送のあのノリで、まさか今年一番しんどい舞台になるとは思わないじゃないですか……。なんかもう初日以降ずっとしばらく沢登くんの事ばかり考えている。楽が終わっても沢登くんの事を考えている。これは…恋…(違う)公演中に推しくんに渡した手紙にも、推しくんの名前よりも圧倒的に沢登くんって書いた。やっぱり恋かも知れない。私は沢登くんの夢女……?

いや、ただ彼に幸せになってほしいだけなんだよ。せめて死んだあとくらい。

OPの映像がめちゃくちゃかっこ良かったので、円盤化は無理でもせめてあれだけでもどっかで公開してくれないものだろうか…。ってアンケートにしつこく書いた。

来年、第三弾やるなら推しくんが出なくても観たい。まあ推しくんが出ない場合は推しくんのスケジュールによるところはあるんですけども。

あとそういえばバンビ公式様の大盤振る舞いにより推しのサインをいくつも手に入れられたのですが、全てヘイスヘでした。推しくんもうちゃんと「k」書く気ないでしょ……

 

■総括と12月予定

残りの推し事は、ヘタミュのリリイベと元推し②のバーイベ。らぶフェス大阪はもしかしたら行くかも。るひまは30日のマチソワ、フォロワーさんに御膳予約してもらったので楽しみ!

そしてステフェス2部は確定。推しくんとともに2017年を見送り、推しくんと共に2018年を迎える。思えば遠くへ来たもんだ。一年ちょい前、推しキャラちゃんに推しくんが決まったあの時は、まさかこの一年でこんなに推しくんの顔を見る事になるとは想像もしてなかったな……。

 

それにしても改めて振り返ると10月が狂気過ぎる。

2018年はマジでゆるおたに戻る事を目標にしてるんですよ。切実にお金貯めたい。

 

でも、2018年を推しと共に迎える時点で、もうなんかフラグっぽさあるよな。

 

空は今日も青かった〜バンビショー大千穐楽とガチ恋アンサー

◼︎THE BAMBI SHOW 2ND STAGE大千穐楽

一週間本当にお疲れ様でした。

 

面白くて楽しくてわけわかんなくて、でもすごく悲しくて、そして心からしんどくて、でもやっぱり最後まで楽しい作品だった。

しんどかったけど、でも、観られて良かった。見届けられて、良かった。

 

全通出来なかったのが残念な気持ちも少しあります。でもこれは、推しくん目当てで惰性で見て良いような作品ではなかったと思う。

全通して全く飽きることなく全公演を新鮮な気持ちで観れる自信は私にはなかったし、初日と楽を含めて都合半分観られたから十分だと思っています。

埋まらない平日公演に心を痛めたりもしたけど、ブログを読んで下さったフォロワーさんが観にいってくださったりして嬉しかった。あんな、自分を納得させる為だけの吐き出し感想でも書いて良かったなと思いました。フォロワーさん以外でも、もし私のブログを読んで行ってみようと思って下さった方がいらっしゃるのであれば、楽しんでもらえてたら嬉しいのですが。

まあ結果、蓋を開ければ全公演満席で終わって、本当におめでたい。

 

作中では、ずっと雨が降っていました。

雨が降っていたから沢登圭輔は家族を失い、命を失いました。

そんな作品の大千穐楽。わたしが東京駅に降り立った時は強い雨に降られて、雨の中流された沢登を少し想った。ここまで一週間お天気に恵まれたバンビショーは、最後の日を作品と同じ雨で迎えたんだなあ、と。

 

マチネ、つまり前楽を観終わってシブゲキの入るビルから一歩外に出ると、雨は上がって、日暮れ直前の青空が広がっていました。嬉しいことなのに、なんだか切ない気持ちになって、泣きそうになってしまった。

 

沢登くん、空は今日も青かったよ。

 

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板の上では誰より堂々としてるのに、本物(笑)のカーテンコールでは大千穐楽の最後の最後まで借りてきた猫ちゃんだった推しくんが最高に可愛かったな。初日から全力の大号泣だった事に、実は諸先輩方が若干引き気味だったのも笑った。これが我らが推しくんという男なんです。

 

本当に、いつも通りにお芝居には全力で、でも見たことないほど遠慮がちな貴重な推しくんをたくさん見せて下さってありがとうございました。

また機会があったら是非よろしくおねがいします。

 

 

  

◼︎突然のガチ恋アンサー

yorumushi.hatenablog.com

 

書こうと思ってたのでついでに。

 

わたしは、ガチ恋ではないです。

そもそも、「ファンと俳優」という間柄な時点で言い方はアレですけど二次元のキャラに近い感覚で好きになるので、恋愛対象というよりは「萌え対象」に近い。とは言え特に恋愛していない現状で、「生身の人間でこの世で一番好きな異性」という意味ではまあ推しくんはそれにあてはまるわけなんですけど。でもそれは恋ではない。

そもそもわたしが(恋愛対象として)好きなタイプって「私のことが好きな人」が第一なんですよね。自分から、恋愛的な意味で人を好きになれない体質なんです……。もちろん私のことが好きだからって必ずしも好きになるわけじゃないけど、前提として相手がまず私に惚れてる事が恋愛対象として興味が沸く第一条件なので、芸能人である時点でいきなり恋愛対象から外れてしまう。

仮に一般人同士として知り合ってたらわかりませんが……でも、それだったら初代推しが一番恋愛対象になりやすいタイプだったかなあ。少なくとも今の推しくんを、男として好きになることは普通に出会っててもないと思う。友達にならなりたい。

 

でも、なんだかんだ言っても推しくんが今わたしの人生において「一番好きで大切な人」であることには違いない。片想いとはまた別の、「一方的な愛情」。慈愛とかに近いのかなあ、それに応援であったり尊敬であったりが加わる感じ。哲学的四愛情に例えるなら、アガペー+ストロゲーに少しのマニアを含む、エロスは含まないという感じかな。

これは推しくんに限らず、過去の推しにしても同じ。

 

ところで私はガチ恋ではないけど、自分の「俳優おたくとしての感情」に限りなく近いなと思う恋の詩があります。

銀色夏生の「君のそばで会おう」がそれです。

 

終わってしまった恋がある
これからはじまる恋がある
だけど
僕たちの恋は決して終わりはしない
なぜなら
終わらせないと僕が決めたから

 

自信をもって言えることは
この気持ちが本当だということ

 

いろんなところへ行ってきて
いろんな夢を見ておいで
そして最後に
君のそばで会おう

 

ここでいう「恋」とは、私にとっては「恋愛」ではなく先述の「推しへのファンとしての一方的な愛情」なので、そういう風に捉えていただければ幸いです。

……という前提で、前の推したちへの恋が終わってしまったのは、彼らが「いろんなところへ行く」ことが受け入れられなかったからなんだなって。

映画やマニアック演劇の世界に行ってしまった人、特撮や音楽活動に行ってしまった人。あくまで私からの愛は一方的なものだから、彼らがどこへ行こうと自由です。

けれども私は彼らに対して「今いるここで待っている」ことしか出来ないな、と思った。だからさよならしてしまったし、「ここ」に戻ってきてくれたからまた少し再燃している。

 

でも今の推しくんに対する気持ちは、まさにラスト四行なんです。

何をやっても、やりたいと言っても、どこへ行って何を見てきても気にならない。

少し前までは、それは今の推しくんの人柄と仕事を私が信頼してるからなんだと思ってたけど、多分そうじゃないんだな、と最近気付きました。いや、勿論それもあります。何の仕事をしてもそれをプラスに出来る人だという信頼があるからこそだとは思う。でもそれだけなら、俳優としての推しくんへの信頼だけなら「ここでまた会おう」なんですよ。だから本当に推しくんが「ここ」に戻らないと決めてしまったら、やっぱりそこで終わってしまう。

でも、今の推しくんへのこの気持ちは多分そうじゃない。ただ単純に、どこへ行ってしまっても「そして最後に君のそばで会おう」と私が思えるから、私自身がそう決めたから、この恋は終わらないんだと。

ガチ恋ではないのだけれど、それくらいには推しくんのことが好きなのだなあ、と最近は思っています。

 

 

◼︎さて、本日から

上記のポエムとは何の関係もありませんが、推しくんは今日からグアムです。

本当はここで入るはずだった久々の完オフが何気に潰れたことにも気付かないくらいとっても楽しみにしてたので、ゆっくり羽を伸ばして来て欲しい。

いろんな夢を見ておいで。

 

とりあえずまあ、フワッとした自撮りもお待ちしてます。

 

コントの皮を被った救いのない悲劇 〜THE BAMBI SHOW 2nd STAGE

www.bambishow.jp

 

そんなわけで、ザ・バンビショー 2を見てきました。

いやめちゃくちゃ面白かった!『大人たちが真剣に不山戯(ふざけ)る!』というテーマにめっちゃワクワクしてたんですけど、予想以上に笑って、でもどっかシュールで、泣きもあって、考えさせられる素敵な舞台でした!!!

……というのが、初日の感想。

 

まだ見に行くんだけど、あまりにしんど過ぎて吐き出さずにおられないので感想を書きます。めちゃくちゃネタバレしてるので、これから見ようと思ってる人でネタバレ嫌な人は読まないでね。

 

 

■いきなりアレから始まる狂気■

初見でまず誰もが度肝を抜かれるであろう超絶出オチ。

この舞台は、なんと「カーテンコール」から始まります。

最初に全く意味のわからないシュールな芝居から始まり、「???」と思ったところでそれが終わったらしく暗転 。と思ったら軽快な音楽とともに、見慣れた例の光景、出演者が袖から順番に出てきてお客さんに一例をし、ちょっとしたトークが繰り広げられる。

なんだこりゃ????????

と客席にクエスチョンマークが飛んでいるところで、演出家が出てきて音楽を止め、ダメ出しを始める。そこで初めてアッこれ劇中劇か!こういうネタなんだな!と気付く。

いきなりのカーテンコールという困惑と、理不尽すぎる演出家のダメ出しに爆笑する面白コントは綺麗にオチがついて終わったかに思いきや……実はこのコントが、この舞台全編を通してメインで語られる沢登圭輔という男の人生のプロローグであり、「カーテンコール」そのものが実はこの作品の大きなテーマであるということを、すべて見終わってから気付くという恐ろしい構成なのだ。

カーテンコールで始まり、カーテンコールで終わる。そしてそれが本物のカーテンコールへとつながる、というのがこのTHE BAMBI SHOW 2nd STAGEという舞台。

この舞台、一見バラバラに見えるが確かにはっきりと主人公が存在した。それが、すべてのカーテンコールでキーマンだった「沢登圭輔」であり、その役を与えられた彼は確かに、2.5慣れしている人間には珍しい「座長でない主演(いわゆる接待俳優枠)」であった。

 

 

■パズルのピース■

バンビショーは8本のほぼ独立したコント(ひとつだけはっきり続いている)からなるショートショートオムニバスである。けど、見ているとパズルのピースがハマるように、あれっこの人あのコントのこの人の関係者か!とか、この話とこの話は繋がっているのか!とか、たくさんの「気付き」があり、気付く度にアハ体験のような感覚を覚えて気持ち良い。実は8本のコントすべてが、多かれ少なかれどこかで繋がっていたり、フラグを立てていたりする。

だがこの気付きがクセモノ。初見では「すご〜い!全部繋がってるんだ…!」と思う程度に過ぎない。でも、販売されている舞台台本を読み、二度三度と見ることによって気付きは増え、そして大筋で笑いの影に隠された真実に気付いてしまった瞬間に、「大人たちが真剣に不山戯る」コントオムニバス舞台ではなくなってしまう。

大筋からは(多少の関係はあるものの)ほぼ独立した笑いに特化したエピソードと思われるものにすら、アハ体験どころか「意味を知ったら怖い話」レベルの気付きが隠されている。

 

 

■泣きの演技に思う■

推しの、泣きの演技が好きだ。だいたいの舞台でガチ泣きするし、なにより流す涙が美しい。なんなら本気で泣くので鼻水も結構出てるんだけど、それすらも尊い。いつもめちゃくちゃもらい泣きしてしまう。

だが今回は少し違った。初日、私はその泣きの演技にあまりに圧倒されすぎて、逆に泣けなかった。ただ単純に、ニワカの私が見てきた範囲で一番の大号泣だったというのもある。だがそれ以上に「この流れでそんなに泣けるの、この役者すげえな!?」という感心が先に立ってしまったというのが大きい。

彼がメインで演じた沢登は確かに幸福から不幸のどん底に叩き落とされた、悲しい人生だった。沢登という男自身が心の底から悲しいのは当然だろうと思う。けど、一歩引いて俯瞰で見ればこれは「オムニバスのコント舞台」である。

メタ的な話になるが、普段の舞台は、2.5にしろそれ以外にしろ、2〜3時間のストーリーを演じた上で泣きの場面が訪れる。だから板の上でそれぞれの一人のキャラクターを生きている役者は、そこまでに感情を持って行きやすいと思う。

例外として先日のKMKではいきなり十束が殺されるシーンから始まるため、最初からトップギアで泣かないといけなかったのがキツかったと推しくんが言っていたけれど、あれも過去3度同じキャラクターを演じているという点において「その瞬間の美咲の気持ち」に自分を持っていくこと自体は、彼という役者にはそこまで困難ではないと思う(それでもいきなり泣けるのはすごいの一言だけど)。

でも、今回の舞台は違う。少なくとも表面上は、8本のオムニバスコント舞台だ。大筋では沢登の物語がメインとして流れているものの、本人はやたらテンションの高い幼児だったり、大阪府某所出身のマイルドヤンキー感を遺憾なく発揮した阪神ファンのニーチャンだったりの役も間に挟む。そしてラストで悲劇のネタとしては極めてありがちパターンである(言い方は悪いが)うすっぺらい内容の沢登の身の上話で、これまでに見たことないほどの大号泣をする。その事実に、初見はもらい泣きする前にただビックリしてしまった。

けど、あとから噛み砕いてみて良くわかった。彼はこの作品で都合三役を演じているけれど、それは入れ替わり立ち替わりの「三役」ではなく、「沢登圭輔」というこの舞台の主人公を最初から最後まで演じている中で、あとふたつの役をアンサンブル的にこなしているという状態なのだと。まあどっちの役もアンサンブルというにはあまりにクセが強いけども(笑)あくまで大筋とは無関係の役、という意味で。

彼はあのふざけた舞台で、だが確かに沢登圭輔という男の人生を生きていた。だから、彼の中にはただ見ている私たちが想像しうる、よくある不幸に見舞われてしまったかわいそうな男の末路と作品で語られるその人生のごく一部だけではない、その何百倍何千倍もの沢登という男の人生があるのだろう。何より元役者という設定、半分は本名であること(もちろんどちらもわざとだろうけれど)も、自分と沢登を重ね合せる大きな要素であっただろうと思う。役者になっていなければ堅実な人生を歩んでいた、また一時期売れなくて伸び悩み辞めようと考えたこともあったと公言している彼は、ある意味自分自身の「if」としてあの役を捉えていたのかなと感じた。

あの場面で激しい慟哭とともに流される涙と鼻水は、彼自身の「もしかしたらあったかも知れなかった」未来に流されたものだったのかも知れない。

 

 

沢登圭輔という鬼■

ようやく本題。

一見8本のコントオムニバスと思われるこの舞台は、沢登圭輔という男の「気付き」の物語であり、そして沢登という新たな鬼のはじまりの物語だった。

 

いきなりラストシーンに話が飛ぶが、それまでは極めて人間的で、弱く儚い、かわいそうな青年であった沢登が次代の鬼だと宣告され、中央壇上に立って金棒を担ぎ「さ、僕を泣かせて」と言うあのシーンは何度見てもゾクリとして鳥肌が立つ。あの佇まいひとつでとてつもない冷酷さ残忍さを感じさせるし、あのたった一言で、「この鬼はそう簡単には泣かない」という潜在的な恐怖を植え付けられる。

「鬼」だから本来は怖くて当たり前なのだが、先代の鬼は、本性を表すと恐ろしいという設定はあったものの本人は極めて腰が低く涙もろい人情家であった。

初見ではそこまで深く考えなかったのだが、台本を熟読し、二度三度と見ると、二人の鬼の決定的な対比に気付いてしまう。

アベ鬼と沢登鬼の違いはおそらく、「鬼の職に就く前に自らの悲しみを吐き出している(=プロフィールを完成させている)」かどうか、ではないのだろうか。

 

ここからは完全に私の個人的な解釈とか想像の話なんだけど、まず決定的なセリフとして沢登がカーテンコールの挨拶として最後に鬼に言った「お陰で全て思い出せました」という言葉。あれは暗に「沢登圭輔のプロフィールがあの時点で完成している」ことを示していると思う。

では先代のアベ鬼は?あの人のプロフィールが完成していないであろうことは、ケルベロスが「フランダースの犬」の件を知らなかったことから察せられる。ケルちゃんは見届け人だから、アベのプロフィールが鬼になる前に完成しているなら、フランダースの犬の件も間違いなく知っているはずだ。でも、彼女はアベ鬼がそれに極端に弱い理由を最後まで知らなかった。そして、生きることをやめた沢登への腹の底からの怒り、つまり自殺者=自分自身への怒りで彼は浄化され、その後の近松とのやりとりで初めてアベのプロフィールは完成したのではないか。

彼が鬼としては涙もろく、そしてフランダースの犬の話に極端に弱かったのは、それが「鬼になる前に消化しきれていなかった悲しみ」だからなのではないかと私は解釈した。

さて、では新たな鬼、沢登はどうか。彼は、鬼になる直前に慟哭をもってプロフィールを完成させている。次の鬼はあなたです、と言われて呆然とする沢登に、周囲の仲間の亡者たちは「こいつすぐ泣くぜ!」と、喜ぶ。あれは台本にないセリフだけど、盛大なフラグではないかと思う。それまでのどこか弱々しい沢登、そしてその前の号泣で、亡者たちは「今度の鬼はすぐ泣くぞ」と沸いた。そのセリフはその直後に舞台が終わることから考えるとわざわざ入れる必要のないものだ。台本にない、一見アドリブのようなガヤの中で「毎回必ず入るセリフ」であることには大きな意味があると思う。

沢登自身はあの号泣をもって自らの悲しみを全て吐き出してしまっている。だから、アベの様に「本人しか知らない独自の泣きのスイッチ」を、もはや持っていない。

つまり、沢登圭輔は「泣かない鬼」なのだ。

 

二人の鬼の対比はもうひとつある。地獄の皆で芝居をしているやりとりの時に、アベ鬼に迫力出すために金棒を持ってみては?と近松が振り、「あれ重いからあんまり持ちたくないんですよね…」というやりとりがある。このセリフ、一見は「鬼のくせに金棒を重たがる」という面白小ネタに感じる。だがこの一言がラストに向けて重要なフラグになっている。

あなたが次の鬼です、と告げられ、ケルベロスに金棒を捧げられた沢登は、金棒を手に取り……そして、あの小さな身体で軽々と担ぎ上げ、冷酷に「さ、僕を泣かせて」と言うのだ。

明らかにアベより小柄で弱々しい(中の人が実はめっちゃパワータイプとかはここでは忘れてください)彼にとって、金棒は「重くて嫌なもの」ではなかった。このシーンのためにこそ、沢登役は「彼」でなければならなかったのだと思った。

おそらく金棒の「重さ」は、物理的重量ではない。鬼となり、他人の悲しみを受け止め続けるということの重責のようなもの。彼にはそれがない。自らの悲しみをもう吐き出してしまったから。

 

悲しみを受け入れ、自ら死を選んだという罪を受け入れ、鬼であることを受け入れた沢登圭輔は、おそらくアベのように「自殺者への怒り」をもってしても浄化されることはないだろう。彼の浄化はおそらくもっと別のところにある。それが何かは、物語からはまだ読み取れないが、きっと簡単なものではないはず。

そして彼はもはや、地獄から抜け出すことを望む亡者たちのために涙を流すこともそう簡単には出来ない。

沢登という鬼の未来には、その「さ、僕を泣かせて」という全編を通してもっとも力強い彼のセリフに反して、一切の救いが感じられない。

 

沢登圭輔の人生は、言うなればよくある悲劇だった。不幸な話ではあるが、不幸に見舞われる一瞬前までは彼なりに前向きで幸せに生きていたし、そして確かに泣ける話ではあるが、不幸そのものは悲劇としてはとてつもなく「あるあるネタ」だ。

彼の本当の悲劇は、むしろきっと鬼になったあの瞬間から始まる。

 

THE BAMBI SHOW 2nd STAGEは大人たちが真剣に不山戯るコントオムニバスであり、笑って泣いて意外と考えさせられる舞台作品であり。

そして、沢登圭輔という「鬼」の、救いのない始まりの物語だった。

 

 

 

THE BAMBI SHOW 2nd STAGE、来週23日までやってます。

月火ソワレはまだ残席あり、当日券も別途出るそうなので気が向いたらぜひ!

円盤にならない舞台なので、見ておいて損はないです。

とりあえずさほど深く考えなくても、板尾さんが出てくるだけで面白いので!www

 

ミュージカルという言葉の定義

一般的に2.5のファンの人がストプレと呼んでいるものがストプレではない、という記事を拝見しました。

ぶっちゃけ、モヤモヤする気持ちは私もすごくわかります!!

 

でも、言葉ってそのムラによって意味が変わってきたり育っていくものじゃないかなあって思うんですよね。

まあ本来の意味をわからずに使ってる人は勉強しろよとは思いますけど、個人的には2.5演劇の世界の中でなら2.5以外のものをストプレ舞台って呼んでも別によくない?と思っています。(元記事の方の考え方を否定するわけではないです)

例を出すとほら、自分の名前や自分に関係する単語以外での検索を「エゴサーチ」というのは完全な誤用だけど、ツイッターなんか見てるとみんなエゴサエゴサ言ってるじゃないですか。推しくんの名前でエゴサしました!とか、お前は推しくんか!?ってなります。でもみんな言ってるからわざわざ指摘するのももはやナンセンスな域だなあ、っていう……それと同じようなもんじゃないかな、と。

言葉の正しい意味を守るためにいつまでも目くじら立てる人がいるのは勿論良いと思うし、でもみんなが使ってるならここではその意味でいいじゃん、みたいな気持ちです。

 

そもそも、2.5次元の世界において「ミュージカル」の定義自体が一般演劇と違うんですよね。だからその時点でもう、そこを同列に語ることが微妙だなあって。

何故なら、今の「2.5次元演劇」の始祖であるテニミュこと「ミュージカルテニスの王子様」自体、ミュージカルを名乗っているものの、正しい意味でのミュージカルではないからです。

 

wikiにも書かれていますが、「ミュージカル」というのは簡単に言えばセリフや感情を歌に乗せて歌い、歌で会話するものであって、通常の芝居の劇中歌として頻繁に歌が出てくるものは、どんなに歌いまくっていようとも正確には「ミュージカル」ではありません。

テニミュの場合確かに原作のセリフを歌詞に引用しているので一見ミュージカルっぽいですが、実際会話している部分は曲に乗せていても普通にセリフとして喋るし、完全に物語の流れの上でのセリフにメロディを乗せているシーンはないので狭義でのミュージカルって言われると実はかなり微妙です。強いて言えばトリオの歌ならまあ……くらい。

私が過去に見てきた2.5でおわっマジでミュージカルだ〜って感じたのはぶっちゃけヘタミュとハイネくらいなんですよね。(もちろん他にもあると思うけど、2.5でミュを名乗っているものの7〜8割はガチミュージカルではないよね)

ちなみに個人的に、刀ミュもステと比べると歌って踊るシーンがある、というだけで本来の意味での「ミュージカル」ではないと思います。

この世界で最初の自称ミュージカルがミュージカルではない時点で、もうそこの定義は曖昧なのでは?って思うし、2.5以外を総称する言葉がない以上ストプレでいいんじゃないかと個人的には思ってます。あくまで個人の意見です。

 

また、2.5演劇の世界は、よく見てると本来の演劇用語とはちょっと違う使われ方をしている言葉がわりとたくさんあるのです。例えば、「アンダー」とか「衣装パレード」など。個人的にはその辺もわりと気になってます。

だから俳優さんも本来の意味をわかっていて言っている可能性もわりとありますよ。(2.5が流行ってから出てきたような新人俳優は、ガチで知らない可能性もありますが…)

 

そもそも、さすがに厳密な意味がわかってない人でも、例えば劇団四季とかのゴリゴリのミュージカルをストプレって呼んでる人はいなくないですか?

なのでまあええんちゃう(鼻ホジ)みたいな気持ちです。あくまで個人的にね!

 

 

■おまけ■

分類難しい理由のもうひとつに、原作付きが必ずしもイコール「現在使われている意味での2.5次元演劇」ではない、っていうのもあると思います。だから、2.5次元以外を「オリジナル」と呼ぶのもちょっと違和感。いわゆる2.5次元じゃないけどオリジナルではない演劇だって実際かなり多いですし。

あと、完全な余談ですけど個人的に2.5でストレートっぽいと感じたのは「四月は君の嘘」でした。あれは生演奏を使ってるし、役者のチョイスからして分類的には2.5次元舞台なんだろうけど、個人的には今まで見たどの2.5よりも「ストレート舞台」っぽかったなと思います。